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本を読むということ 
この世の中には人間がどうあがいても読み切れないほどの本がある。世の中どころか一つの図書館の本を読み切ることだって不可能だろう。つまり世にある知識の全てを得ることなど、到底一人の人間の手に負えることではないということである。

一説によれば人間の脳の記憶容量は10TB(テラバイト)=10000GBといわれている。10000GBというと、現在の標準のパソコン(200GBのHDD搭載)の50台分位に相当しようか。これは脳の全ての能力を引き出したと仮定した時の例だが、実際はそこまでは無理であろう。
世に出ている書籍を全部パソコンデータ化したところで50台分などには到底収まりそうもない。その意味からも一人の人間が全ての知識を得ようとすること自体に無理がある。

そうなると次に必要なことは「選択」ということになろう。これは本そのものを選択するという意味もあるし、また、その本の内容全てを覚えることなどできないのだから、自分にとってのエッセンスを「選択」することにもなろうかと思う。このように考えると「本を読むということ」はそのまま「選択する知恵をつける」ということに繋がってくるように感じる。

情報の中で必要なものを取捨選択する知恵が必要になるということ。そしてそれを素早く洞察する読解力も重要だ。ただ単に難しい哲学書を読んだだけでは「読んだ」と言えそうもない。そこには「選択」がないからだ。選択が的確な分だけ読書の価値が増すように思う。

とにもかくにも選択する力を高め、読書の価値をさらに向上させたいものだ。せっかく読書に時間を裂くのだから。
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