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働き方革命(駒崎弘樹) 
評価:
駒崎 弘樹
筑摩書房
¥ 735
(2009-05)
私はどんなふうに生きていきたいか?
夫と、働き方について話してみたくなる本
とても面白いです!

 ここ数年で「ソーシャル・ベンチャー(社会起業)」という語を耳にするようになった。著者の駒崎弘樹氏はその気鋭な企業家の一人という位置づけに当たるようだ。もっとも氏自身は、自ら主宰するNPOを「一零細企業」と呼んでいる。謙遜でもあり、事実でもあるというところであろう。なお、この本の内容はソーシャル・ベンチャーの中身とは特に関連がない。

 本書を2度読んだが、全編を通して平易な文体で書かれており、等身大の著者の心の動きが伝わってくる。一読すると、彼が働き方を変えたことで「初めて人間になった」ということが分かる。もう少し突き詰めると、「考え方を変えた」ことで「働き方を変えた」のである。そこで得た感動があり、変化した環境がある。「考えてみると不必要に忙しかった自分が、働く意義と時間の使い方を問い直し、実直にその実践をしてみたら、こんなにも自分自身が真の意味での豊かさに接近していけるとは夢にも思わなかった」というようなことが実体験として書かれている。そして現代日本に足りないのは、この「真の豊かさ」であり、この不足そのものが社会を侵食し、徐々にその活力を低下させていると説く。
 本書は彼が経験した変化が実は現代社会が抱える問題解決への入り口と直結していると訴えるものだ。「働く」とは生計を立てるための仕事だけを指す語ではなく、個々人の生活全体を支える行動すべてを射程にするものであると述べる。一説によると、「働く」という語は「傍を楽にさせる」というところから来ていると紹介されている。膨大な時間を「仕事的働き」に費やしている現代人には、そういうパラダイムシフトが必要で、日本の閉塞感の打破と次世代構築のためには、どうしてもこうした「働き方革命」が要請されると主張するのである。
 彼は嫌うかもしれないが、それは「生き方革命」と呼べると言ってよいだろう。人が生きるということと、人が働くということは、本質的な意義において差異は認められないはずだ。生きることと働くことを思考の上で、また事実の上で分離させることが人間を破壊していくのである。

 ところで、本書では「忙しい」という語が彼の口から頻繁に飛び出てくる。忙しいことがステータスで、忙しいことが働いている実感で、忙しいことが前進である。著者はそのように考える人物であったらしい。事実、主宰するNPOを運営していくための膨大な処理事項はまさに「忙しさ」と直結するわけだ。「働く」の語源を示す場面があったが、「忙しさ」の「忙」というのは「りっしんべん+亡」で成立していることに気付いているだろうか。つまり「心が亡くなっている」ことを「忙」と呼ぶ。若干ラジカルではあるが、忙しさを口にする人ほど豊かな人間とは程遠いのではないか。
 仕事量は多くても、それは即「忙しさ」を意味しない。心をどのように持つか、畢竟、心を亡くさない真の豊かさを持つことによって、人はどのような状況であれ「人間」でいることができるものと信ずる。彼はこれまで多忙に対応するため、様々に極端なまでの効率化を己に課してきたようだが、その果てに待っていたものは「人間ではない何か」であったようだ。その意味で私は冒頭、「働き方革命」を成し遂げた著者を「初めて人間になった」と評したわけである。

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