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脳を活かす勉強法(茂木健一郎) 
評価:
茂木 健一郎
PHP研究所
¥ 1,155
(2007-12-04)
Amazonランキング: 68位
Amazonおすすめ度:
ドーパミンをだそう!
分かりやすくスラスラ読めます。
著者の地頭の自慢本?
 近年、とにもかくにも「脳ブーム」が巻き起こっているようだ。研究の進展もそうだが、こうして本や雑誌、はたまたゲームにも登場するなど、この分野は一つの社会現象と言ってもよいほどの広がりを見せている。格差社会という語が定着し始めているこの頃だが、それを「能力差社会」と捉える人も少なくないようで、とにかく知識やスキルを効率よく身につけて混沌社会を勝ち抜きたいという志向が生まれている。人の親ともなれば、「我が子には何とか勉強してもらって、良い学校に入って、人生を飾ってもらいたい」と願うのも無理はない。それはもはや国民的需要とすら言える。
 そこで「脳の訓練」が注目されるわけだ。脳が人間を統括している臓器であることは誰でも知っている。記憶、行動、情動、意識、無意識等の人間性に関わる部分を管理管轄するのみならず、元来動物でもある人間が持つ生物的機能を総合的に把握し、生命維持に関わるあらゆるプログラムを並行処理するという「凄まじい臓器」が脳なのである。まさに人類が700万年かけて改良進化を積み重ねてきた「宝物・宝器」と呼ぶにふさわしい。とある研究者が脳の記憶容量は10TB(10テラバイト=10,000GB)に相当すると言っていた。脳はそうした記憶も重要な機能の一つに違いないが、人間の脳の本質的な凄さは「生存維持に関わる高次複雑機能の統括」と「楽しみや喜びの徹底追求性」がインストールされた臓器であるという点ではないだろうか。しかし我々人間は脳が絶対的に自分の持ち物であるにも関わらず、それを上手く扱って自己開発し、人生向上を図ったりするという用い方をよく知ってはいないようだ。実にもったいないことである。
 
 話の枕が長くなったが、本書は自分の脳を開発できない「もどかしさ」を排除し、主体的に脳を鍛えていく方法をわかりやすく説明する。著者の幼少時からの体験なども紹介しながら、「脳に支配される人間」から「脳を扱う人間」への転換を読者に勧めていると言ってよいだろう。これはいわゆる「学問の書」では全くない。統計資料などもほとんど存在しないし、そういう意味では本書が訴える論理が科学的客観性に基づいていると言うよりは、著者本人の研究と体験を担保にその思考線を辿らせるという意味合いが強いと言える。こういう本はそれで良いのだ。読者は客観性の担保以上に、「茂木健一郎」という人がどういう考え方で自らを鍛えてきたのか、何故脳科学に取り組んでいるのか、脳をどう考えているのか、ということに興味があるはずだ。それを自己の生活に役立てられれば充分だろう。このことは取りも直さず、茂木健一郎という個人が放つ魅力への興味と換言してそれほど外れてはいないはずだ。
 ともあれ本書のような執筆姿勢に不満を持つ読者もあるだろうが、個人的には大筋でその主張に同意することがほとんであった。むしろ本物の学者というのはこういう仕事が出来て欲しいものだとも考える。一読の価値がある。ちなみに私は本書を二度読んでこれを書いている。小さな章立て構成になっているが、「捨て章」はない。難しい話もない。どこから読んでも構わない内容である。私が考える本書における「ホシ」は以下の通りだ。参考になれば幸いである。

・大前提として脳を開発するには「脳を喜ばせること」が最善である(ドーパミンが出る)。
・脳に喜びを「教える」ことが出発点。
・当たり前を経験しても脳は楽しまない。脳には困難を克服する喜びを与えよ。
・脳は負荷をかけて成長させよ。少々の「無理」を突破することで脳は歓喜する。
・脳の負荷掛けには「時間制限」を自らつくり、その制限と戦い打ち破るべし。
・脳を歓喜させる「クセ」をつけよ。
・理系や文系など関係ない。そのような「脳」はない。
・他者と成績や結果を相対して自分の位置を確かめる行為に(脳の違いの観点から)意味は薄い。
・ミラーニューロン(環境適応、相似??)の働きが期待できるため、自己を啓発できる環境に置き自己を磨け。
・思い立ったら、間髪おかずに着手する。脳が集中できるクセもつく。
 
 以上、思いつくままにざっと挙げておいた。その他、効率的な記憶方法などの紹介も参考になった。最後になるが、著者は人間の価値というか人生の価値について末尾に大要として次のように語っている(ように私は記憶している…)。

 

 人間には財産、衣食住、あるいは美貌による魅力はそれなりにあるだろうが、本当の人間の価値は、誰かが人生の困難に遭遇した時に「この人に相談したい、話を聞いてもらいたい、アドバイスをしてほしい」と思われるような人間であるかどうかではないだろうか。そのような人間は幸せだ。

 

 この著者の言葉が「脳を鍛えると」いう角度から見ると少し別の観点ではと思う人もあるだろうが、実はそうではない。脳を訓練するということは、結局は精神的スキルの顕著な前進が伴うものである。賢明性は確固たる精神を養い、その精神がさらに当人を賢明にしていくものだ。知識の詰め込みが「賢さ」の異名であった恐ろしき時代は過ぎ去った。脳を鍛えるということは、そのまま「人格を鍛える」ことに接続しており、人間理解への扉を開く歩みでもある。そしてそれは人間性の練磨へと昇華していくと言ってよい。著者の最後の指摘がそのままそういう意味であることを率直に受け止めて間違いないものと私は信じているのである。
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