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デジタルを哲学する―時代のテンポに翻弄される“私” (黒崎政男) 
 本書はデジタル製品やそれに関わる生活様式が社会で定着し始めている現代において「人間と機械」、「アナログとデジタル」、「人間とロボット」といった二律背反するものを哲学的にどう捉えることができるかという主旨で書かれている。また、デジタルによって破壊された既存の価値観についても論及されており、少々クドいのだが、少し考えれば誰にでもわかる当たり前のことを改めて確認することができる。
 この本が書かれたのが2002年ということもあり新鮮さには欠ける印象がぬぐえないが、「機械はとにかく利便性のあるもので、人類発展に不可欠だ」という概念しか持たない人には読んでもらいたい一書である。人間の人間たる所以を認識できるであろうし、未来のデジタル世界に何が求められるのかを自分なりに思索する機会を与えてくれるとも言えよう。
 具体的内容としては、1997年にチェスの世界チャンピオンが、IBMの造ったチェス専門コンピューター「ディープ・ブルー」に破れた話などはなかなか興味深いものがあった。それは数手先を考える人間と数億パターン先の手を考えるコンピューターとの戦いだったという。ところが、この勝利がすなわちコンピューターによる人間の思考への勝利かといえば、それは全く別物であると著者は考える。帰納的なアプローチで戦略を立てるコンピューターと、演繹かつ帰納かつ直観を駆使して日々の生活を送る人間とは、度し難いほどの違いがあるというわけだ。その辺りのことを、様々な事例や言葉を用いながら示している。細かくは本書を参照されたい。

 人間と機械の住み分けを考えるのは「人間の側」である。現在のところ、どれほど頑張っても機械は人間の領域には入って来れないし、人間世界を侵すことも不可能である。人間が機械や文明の奴隷にならないためにも、確かな定見というものを持つことが求められる。そのために哲学が永久になくなることはあるまい。私はそんなことを考えながら本書のページをめくっていた。
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