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日本人はなぜ戦争をしたか―昭和16年夏の敗戦(猪瀬直樹) 
太平洋戦争…。

あまりにも現代を生きる我々には遠い出来事。戦争ほど辛いものはないと分かりきっているはずなのに押し止められない悲惨の風化。不戦の精神継承は戦争の原体験に勝ることはないのであろうか。そんなことを考えながら「なんとなくの平和」を生きている現代人。
いや、それがどうこうではないのだ。

このところ、現代人は重大な局面で的確な判断を下すことができるであろうかと不安に駆られる事がある。何故そう考えるようになったのか。物事を「総力」で捉える志向が失われてはいないか。「総力」とはあらゆる力の単なる「足し算」ではない。捉え損ねれば概念で終わってしまうほど巨大な言葉だ。だが、この巨大な言葉は事の本質を捉えることの難しさを「厳」として響かせてもいる。

本書の舞台は昭和16年夏。近衛内閣の裏内閣として窪田内閣が日本に存在していた。閣僚平均年齢は30代前半。窪田内閣は急ごしらえで作られた内閣管理の「総力戦研究所」における仮想内閣である。この仮想内閣は本物の内閣に対し、総力戦の見地から「日本必敗」を通告する。近衛総理、後の総理になる東條英機もこの会議に参加していた…。この会議が昭和16年夏に行われたのである。故に「昭和16年夏の敗戦」と。

「総力戦研究所」などという耳慣れない組織があったことを知る人は少ない。また、その仮想内閣が日本必敗を「総力戦」の見地から結論付けていた。総力戦とは単に武力による比較のみならず、経済、思想、情報、国民性等からも構成されるまさに「国の実力」と呼べるものだ。それをいかようにして30代前半の若者が分析し、日本を世界の中でどのように捉えたのか。ただひたすら神国日本、神風、現人神を狂信・妄信し、敗戦へと突き進んだかに思われがちな太平洋戦争の時代に、冷徹に総力戦を俯瞰し日本必敗を導いた青年がいたこと。


彼らがその時代をどのように捉え、考えていたのか。そして彼らのその後は?


彼らの結論を知った近衛や東條らの現実の閣僚がそれをどう判断したのか…。



この本は著者である猪瀬直樹氏のデビュー作にも当たるのだそうだ。綿密な取材と丁寧な資料収集の労には賛辞を贈りたい。少々文章の硬さを感じるところはあるが、それ以上に同書が戦時中の首脳部の志向がいかなるものであったのかを新鮮な視点で提供しているところを評価したい。天皇と東條、陸軍と海軍、日本と列強、今日我々が知るところとなっている「常識」を少しばかり見直すことにはなってしまうであろうけれども。
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