<< May 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

amazon image   amazon image   amazon image   amazon image   amazon image   amazon image   amazon image  
<< 最近読んだ本、読んでいる本 | main | 超バカの壁 >>
スポンサーサイト 

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | -
戦略思考ができない日本人 
戦略思考ができない日本人
戦略思考ができない日本人

日本人の本質を追求することでその集団たる「国家の傾向」を分析した書。八百万の神を抱く日本人の精神構造と、砂漠から誕生した西洋の一神教国家の持つ精神構造の違いから、国家戦略の角度を解明しようと試みている。
陸続きで国境線を引かざるを得ない大陸国家は、その自己主張がなければ己を失うに等しい状況になってしまう。
アニミズム(精霊信仰)の延長のような八百万の神を抱いている日本人の気質は、意図的に諸問題の本質を避けようとする文化にあふれているようだ。どんな神だって問題ないのである。それだけ適当でもあるし、よく言えば柔軟か。適当と妥協のためにも日本語の語彙は増えてきたのかもしれないとも思える。

シドニーオリンピックで柔道の篠原信一選手が誤判定により敗北したことは記憶に新しい。著者はその時の態度がいかにも「日本人」だというのである。篠原選手は言い訳せずに「自分が弱いから負けた」と語り、大いに日本人の共感を呼んだ。「なんて潔いのだ」と。ところが相手に言わせると、「篠原もそう言っているじゃないか。私が実力で勝ったんだ」とこうなるのである。「正しさ」を存分に主張することに不慣れな日本の文化は意図的に争いを避け、本質論を避け、「和をもって尊しとなす」の聖徳太子の言葉の通りに「曖昧さを受容する精神」に貫かれているとみるのである。まさに外交にもそういう部分が少なからず見受けられ、日本は要領を得ない結果がもたらされることが多いというのだ。
聖徳太子時代はまだまだ天皇(おおきみ)の権力などは弱いもので、部族の長として国家をまとめていくためにも是非とも「和をもって尊しとなす」が必要だったのである。いわゆる一つの妥協の着陸点を「和」という言葉に帰結させているのである。

その他、「過去の成功にしがみつく体質」と「本音と建前」についても独自の視点で論じている。戦争の戦略も一度成功したやり方を転換することも出来ずに、特攻特攻また特攻となる。それでは成功に柔軟なスタンスを持つ諸外国に絡め取られるのは必然である。外国は敗れた分析をきちんとし、戦略を変更する。だが日本は一度成功したから「次も大丈夫」と神風すら本気で信じるような国民だったのである。そして竹やりを持って訓練だというのだから笑ってしまう。
また、本音と建前もかなりいびつな形を持っているのが日本人であるようだ。戦中も幹部誰しも本音は「厭戦気分」であるが、建前は「神国日本の勝利疑いなし」が終戦直前まで貫かれるのである。そして降伏したと思ったら「マッカーサー万歳」の本音が急遽逆転するのだ。昨日までは「天皇万歳」だったにも関わらず…である。この変容には当時日本に連行されてきた200万人はいるという「在日」の人々にも衝撃を持って受け止められたようだ。帝国の勝利と栄光は「建前」であり、厭戦・降伏が「本音」なのだ。この転換が非常に不器用な日本人である。とことんまでやられないと「気が付かない」のであるという。

良くも悪くもそうした元々日本人が内包している精神が今の国家を作っているということを独自の視点から見つめており、なかなか興味深い一書である。
| 本ココ! | 19:10 | comments(0) | trackbacks(1)
スポンサーサイト 
| - | 19:10 | - | -
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://read.jugem.jp/trackback/31
トラックバック
篠原信一
篠原信一篠原 信一(しのはら しんいち、1973年1月23日−)は日本の男子柔道家である。兵庫県神戸市長田区出身。身長190cm、体重135kg。血液型はO型。「篠」は、正式には「イ|」のない漢字(イメージとしては、竹かんむりがついた「条」(?)に近い)
| ゆうの日記 | 2007/09/16 4:00 AM |
selected entries
categories
archives
recent comment
recent trackbacks
mobile
qrcode
links
profile