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CAROL(キャロル) 
CAROL(キャロル)
CAROL(キャロル)

作者は木根尚登氏。TM NETWORK(以下TM)のギタリストである。発表は1989年だが、TMの再始動に合わせてもう一度世に出ることになったようだ。この本を語るには少々前置きが必要である。1988年から89年にかけて全国ツアーを行ったTMがコンセプトに掲げたのがこのCAROLである。CAROLとは小説の主人公の女性の名である。アルバムのタイトルでもある。TMは社会に対し、小説と音楽(アルバム)とライブ(ミュージカル)を融合させたエンターテイメントを提案した。その原作がこの物語というわけである。ライブの為の小説とはとても思えない長編大作である。220ページに及んでいる。
アルバム『CAROL』を100万枚売って、コンサート(ミュージカル??)動員数20万人を記録し、本を40万冊売った化け物じみたプロジェクトであったわけある。現代ではそう大きな数字ではないかも知れないが、これを80年代に行っていたところに驚きを隠せない。それとこの年代のTMの映像ではもう一つ注目に値するものがある。現B’zのギタリスト松本孝弘氏がサポートギタリストとしてびっしり登場している。TMって4人だっけ?くらいの勢いである。CAROLツアーでは松本氏も原作の中の悪役を任されているところが面白い。強烈なギターサウンドは当時から健在である。それにしても89年のツアーということはB’zが結成された後ではないか。両方掛け持ちさせられるとはTMの権威やいかに…。B’zのデビューライブがTMの前座だったのも頷けるわけだ。
さて、原作どおりのミュージカルをライブと混合で行うスタンスであったからその映像化が期待されたのだが、TMはCAROLライブを映像化しなかった。当時ライブに行った人にしかその詳細はわからなかったのであるが、今回初めて16年前に行われた画期的ライブがDVDというメディアで提供されたのである。そのDVDと原作であるCAROLが同梱されたわけである。当時40万部売った本だから随分と読んだ人もいるだろうが、今回未発表だったCAROLのライブ映像を観ることができたのでそのライブの感想と合わせて書評しようと思う。
このCAROLの表紙を作ったのが『新世紀エヴァンゲリオン』で有名な貞本義行氏率いるガイナックスであるのも興味深いところである。確かにその雰囲気が良く出ていると思われる。
ところで当時TMがCAROLの映像化をしなかった理由がDVDの説明文に書かれているので以下に紹介したい。


『常に新しくいたい。これが僕達がTM NETWORKである限り、欠かせない条件です。でも、新しくあろうとすると、時に居心地の悪さも覚えます。たとえば自分達ではどうしようもない、時代とのズレという現実に直面した時とか。88年頃の事。CAROLプロジェクトに1年以上を費やしてしまいました。当時、LPがCDになり、飛躍的な音質向上は、喜ばしい現実でした。ところが、映像メディアはというと……。LDは旧式電子計算機のように、VTRは十露盤(そろばん)のように思えていました。だから、映像版CDが市民権を持つ時代、具体的にはDVD時代が訪れる事を信じ、いくつものコンテンツを未発売のまま見送ることにしたのです。その1つがCAROLでした。それが今やっと居心地の良い器に収まりました。絵画CAROLがやっとふさわしい額縁を得たと言ってもいいでしょう。どうぞ心から楽しんでください。僕達も心から楽しみます。 小室哲哉・宇都宮隆・木根尚登』


原作の舞台はイギリス。CAROLの主人公はキャロル・ミュー・ダグラス。彼女を中心にストーリーが展開していくわけだが、驚くのは作者の木根氏はこの本が処女作ということだ。とても処女作の出来とは思えない。精緻なストーリー構成とやわらかい表現。そしてファンタスティックな芯。長編のストーリーを解説することなどここではできようはずもないが、端折ってそれを試みてみる。
キャロルが大好きなバンドである「ガボール・スクリーン」が新曲を出した。それまで国民的バンドであった彼らが路線変更の為か、新曲に対し非常に辛らつな評価を受ける。そしてその新曲はどこのレコード店でも置かれなくなってしまう。キャロルは家から遠く離れた店まで新曲を求め足を延ばす。やっとの思いで曲を手にする。大急ぎでキャロルは自宅のオーディオで新曲を聴く。何かの違和感とともに、キャロルに対する言い知れぬ働きかけをされているように感じる。有名オーケストラ奏者の父親の様子がおかしい。いつも練習する楽器の音がしない。そういえば、常に定刻を知らせるロンドンの鐘の音がしない。何かが変だ。
キャロルは学校の音楽授業をいつもと同じように受ける。それは新種の授業で、レコードの音から映像を作り出すことが出来る装置を使うのだ。キャロルの父親の音が題材になった。美しい旋律に合わせるように、美しい映像が現出する。その日はそれで終わる。ごくごく普通に。キャロルの心にはあのガボール・スクリーンの新曲が常に鳴っている。そして家に帰り、ひきこもったようにその新曲を聴く。つかみかけた何かを探るように。キャロルは思いつく。ガボール・スクリーンの新曲をあの教室の機械にかけたら??
ひっそりと静まり返った夜の学校に忍び込んで抑えられない鼓動に支配されながら、音楽教室の機械にあの曲をかける。そこに映し出された映像とは…。映像がキャロルを襲う。気を失ったキャロルがたどり着いた場所は、不気味な重低音が鳴り続けている世界。投げ出されたのはどうも森の中のようだ。人間のような人間じゃないティコ(木根尚登役)という男に会う。なんでも、この世界では「音」を盗む悪魔がいるという。そのせいでこの国(ラ・パス・ル・パス)が滅んでしまうと。生き残った者もほとんどいないという。フラッシュ(宇都宮隆役)という仲間がいると知る。そしてこの国の本来の統治者クラーク・マクスウェル(小室哲哉役)は音を奪う悪魔である「ジャイガンティカ」に囚われているという。ジャイガンティカの手下ケプリ(松本孝弘役)が執拗にキャロルを追う。盗まれたガボール・スクリーンの音、父親の楽器の音、ロンドンの鐘の音、そしてラ・パス・ル・パスの音…。取り戻すのはキャロルしかいない。協力者と共にジャイガンティカを倒しにいくのだ。奪われた「音」を取り返すために。

原作内容がアルバム『CAROL』の音楽・歌詞に反映し、ミュージカルとも融合
させるライブを行った。上述したものは原作の100分の1すらも伝えられていないが、大雑把に言えばこのストーリーどおりにライブミュージカルが展開される。比較するものが見当たらないだけに感想を述べるのが難しいが、率直なところを言えば「凄まじい発想力」とそれを実現するエネルギーに貫かれているということである。ツアーというのは毎回会場が違うわけである。そこでミュージカル用の舞台を持ち込んで、ライブセットをして、お客に提供するわけだ。原作では主人公キャロルが空中に吊り上げられるシーンや、ティコが空を飛ぶシーンがあるのだが、そんな無茶なことまで実際にやってしまっている。つまりキャロル役の「Pernilla Dahlstrand(パニーラ ダールストランド)」が空中に吊り上げられ、最期の戦いのシーンでティコ役の木根氏が空を飛んでくるという設定である。ちなみにキャロル役の彼女はロンドンに留学中にTMのオーディションで抜擢されたスウェーデンの女性である。TMがロンドンでCAROLのレコーディングをしていた時期だったのだろう。彼女は現在スウェーデンでミュージカルやCDを出すなどの活躍を続けているのだという。まさか日本人がきっかけでこのような現在になるとは思っていなかったはずで、縁とは不思議なものである。彼女の活躍はTMとしても喜ばしいところであろう。
それにしても舞台に登場する人数だけでも数十人である。一人一人が音楽に合わせて踊りを踊って要するにミュージカルなのだが、気になることが一つだけある。このツアー、本当に「予算が合うのか??」

原作のシーンを丁寧に再現した音楽は見物である。小室氏の作曲・アレンジ能力はSF小説好きの彼にとっては更に研ぎ澄まされているようだ。豊かな想像力が見て取れる。木根氏も作曲家であるから彼も曲を書いている。まさに原作を書いた人だからイメージどおりの曲が出来ているのであろう。そしてそれらの曲はミュージカルと連動しているのだ。宇都宮氏は忠実に役柄をこなし、その後アメリカのミュージカル「RENT」の主人公を任されている。しっかり歌って踊れる歌手など当時は誰もいなかったのだ。
原作を読んでからDVDを観ると彼らが提示したいテーマがくっきりと浮かび上がる。これほど面白く挑戦的かつ創造的な企画・音楽にしばらく触れていなかったからか、感動も大きかった。単に曲を作ってライブをしているのとは「わけ」が違うのである。しっかりと作りこまれた内容に質の高さを感じることができた。この内容でツアーを行った彼らの能力に驚いた。「常に新しくいたい」という彼らのコンセプトは16年経過した今でも、新しいままである。

後のB’zやaccess、trf、globe等のアーティストの原型としてのTM NETWORKが見て取れる。ツアーのサポートギタリストだった松本孝弘氏やその後マニュピレーターを務めた浅倉大介氏らがTMから大きく影響を受けたことを後に語っているが、やはり斬新性・先進性・音楽性等を学んだと言える。B’zの音楽が先進的かつハイクオリティを維持し続けているのは、やはりそういった発想が暗に影響しているのだろう。
その他、FENCE OF DEFENCEというバンドはそっくりそのままTMのバックバンドになっている。シティーハンターのテーマ曲『セイラ』やNHK教育テレビだったろうか「三国志」のテーマソングを手がけたのも彼らである。西村麻聡、北島健二、山田亘の3人がメンバーだが、それぞれ当代一流のアーティストである。trfはダンスユニットとして有名だ。音楽にダンスの要素を強く持ち込んだのはtrfだったように記憶している。冷静に考えると小室氏の関係と松本氏の関係でのCD売り上げは2億2千万枚を超えている。凄まじいの一言ではないだろうか。売り上げはともかく、社会や後からついてくるアーティストに対する影響力は見事なものだと感ずる。TMも今年から再始動となった。デビュー20周年だというから息が長いものだ。今後のまた「あっと言わせる驚かせる活動」を心より期待したい。CAROL以上のプロジェクトなどは本当に見てみたいものだ。B’zやaccessのメンバーを集合させてTM ALLSTARS NETWORK構想もあったようだ。それは諸般の事情で実現しなかったが、2004年の20周年武道館ライブでは以前のサポートメンバーが集結し、感動的なライブを行ったのが記憶に新しい。様々な可能性を拓いてきた彼らだが、さらに円熟味を増してきた3人の今後を一層期待したい。
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ケプリについて
ケプリケプリは、エジプト神話における太陽神の一柱、もしくはラーの形態の一つであり、日の出を表わす。人間男性の体にフンコロガシを頭とする姿で表現される。これはフンコロガシが丸めた獣糞を倒立状態で押して運ぶ様が、太陽の運行を象徴すると考えられたためである
| 神話&神々の研究 | 2007/02/14 7:31 AM |
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