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天皇家の財布 
天皇家の財布
天皇家の財布
森 暢平

面白い本が刊行された。天皇家の財政に随分メスが入っている。2001年4月に情報公開法が施行されて、一般に天皇家の財政が随分と透明度を増してきたと言える。戦前の皇室の財政状況なども若干垣間見ることができる。戦後の天皇家は国民が想像しているよりは、財政的な部分で制約が少なくないことに気づかされる面もあった。私は天皇家に関しては日本が持つ「矛盾」の総本山という気がしているのだが、憲法や法律はどうあれ、実際の天皇家のお金の動きについては興味が尽きないところである。これは天皇家の成り立ちや歴史をどうこういうものではない。とにかく皇室の財政面にスポットライトが当たっているわけだ。

天皇家の財政の大まかな種別として天皇、皇族の活動の為に「皇室費」という予算項目がある。これはさらに、宮廷費、内廷費、皇族費の3種類に分類されるという。宮廷費はオフィシャルマネーで、内廷費、皇族費がプライベートマネーである。宮廷費は皇室の公的活動に使われるわけだが、役所と同じように予算が毎年変わる。2003年度予算では63億6193万3千円と出ている。国賓を招く宮中晩餐会、園遊会、国民体育大会(国体)や全国植樹祭への地方訪問などが支出項目で挙げられる。その他、宮殿の補修や皇居の庭園整備など土木・建築費も含まれているようだ。
内廷費は生活費を含む天皇家の私的費用である。天皇家とは天皇・皇后・皇太子・皇太子妃・敬宮・紀宮の6名を指す。内廷費は定額制で1996年度以降で3億2400万円である。
皇族費は天皇家以外の宮家のプライベートな費用である。宮家には、秋篠宮・常陸宮・高松宮・三笠宮・寛仁親王・桂宮・高円宮の7家が該当する。秋篠宮家5185万円、常陸宮4575万円など、家族と人数と構成によって金額が変わる。2003年度の総額は2億9768万円である。
これらの内廷費・皇族費は「御手元金」と呼ばれており、国費である宮廷費とは区別されている。これらをまとめて皇室費と呼んでいる。その他に宮内庁が管理する予算として宮内庁費がある。定数1090人の宮内庁の経費で2003年度は114億6129万2千円である。それから警察庁付属機関である皇宮警察本部がある。各都道府県警と同格と位置づけられ定員は961人。2003年度予算は88億3614万9千円である。この宮内庁費と皇室費と皇宮警察本部予算を合わせると2003年度で272億8105万4千円となっている。国民の負担は一人当たり214円である。これが多いか少ないか、はたまた必要か不必要か。判断は各自に任せるより他はあるまい。

戦前の天皇家が持つ資産にも目を向けてみよう。天皇が現人神だった時代、要するに戦前だが、その時代はどのような皇室経済だったのだろうか。
自由民権運動に伴う国会開設運動の高まりに対し、明治政府は、皇室財政と国家財政の分離を図った。予算審議を通じて国会が皇室に口出しするのを防ぐためである。具体的には国家財政の外に収入を得るため、皇室が林業経営に取り組むことにした。いわゆる「御料林」である。御料林は、北海道・夕張、静岡の大井川流域、岐阜・木曾など全国に散らばり、「金のなる木」と言われるほど莫大な収益を上げた。この利益を元手に皇室は株式、国債の有価証券への投資にも乗り出したのである。戦前の皇室経済は国会審議を経ず、国民とメディアが詳細を知ることはなかった。今ではその概要が明らかになっている。こうした皇室の独立した経済管理(国会審議から独立した状況)を皇室自律主義とよぶ。
天皇家が独自の収入源を持った結果、敗戦当時、三井、三菱、住友などの財閥資産は3〜5億円だったが、皇室はそれを大幅にしのぐ37億円の資産を有していた。連合国軍総司令部(GHQ)は皇室を財閥の一種とみなし、経済基盤の解体を目指した。皇室自律主義に対するGHQの厳しい見方は、その後の日本国憲法に反映された。同88条は「…すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない」と記し、皇室経済を国会の統制下に置いたのである。三井・三菱・住友を遥かに超える財力がどれほどの影響力をもっていたか、推し量るのは容易であろう。

戦後の天皇家が持つ資産はどうなっているか。皇居も御所も実は国有である。天皇家が国から「借りて」いるのだ。天皇家の私的財産は、内廷費の余剰を貯めた金融資産が主なものである。銀行に預金するほか、株式、債券など有価証券の形でも保有する。他に天皇家に代々伝わる美術品などが該当するか。憲法88条前段には「すべて皇室財産は、国に属する」と皇室は私有財産を持たずの原則が記されていることを忘れてはならない。十分に議論の余地があるのだ。
さて、昭和天皇が崩御した際、遺産の全容が明らかになった。逝去から半年で相続手続きが終わり宮内庁が総額を発表したものだ。相続税法の規定で麹町税務署に公示されるのに先立っての措置であった。遺産20億円。そこから葬儀費用の一部、日本赤十字社への寄付5000万円を差し引いたうえ債務を整理し、遺産を確定。相続税算出の基礎となる課税遺産額は18億6911万4千円だった。それを2で割った9億3455万7千円が香淳皇后と今上天皇が相続した。皇后は配偶者控除により相続税はない。今上天皇の相続税は4億2800万だった。天皇家にも普通に相続税が課税される。少し意外に思えるのは、やはり天皇家は特別だという先入観からであろう。
その他、全体から見るとわずかだが、天皇家には他にも収入がある。主なものは印税である。昭和天皇には海洋生物や植物の著書が多かったが、現在の天皇も魚類図鑑のハゼの項目を執筆したり、28篇の論文(共著を含む)を発表している。皇太子も雑誌へエッセーを寄せたことがある。これらに印税や原稿料が支払われる。こうした内廷費以外の収入は、預金利子や有価証券からの利益を含め、所得税と住民税がかかる。このうち区民税については、天皇夫妻と紀宮は御所のある千代田区に、皇太子夫妻は東宮御所のある港区に払っている。天皇家が住民税とはこれも意外であると感じる国民も多いのではないか。冷静に考えれば当然のことでもあるのだが。

天皇家の位置づけはやはり戦後の最大の課題の一つであろう。象徴として残す「意味」は常に問われ続けているのだ。天皇家も国家公務員の一員であると言われればそれまでだが。天皇家があるだけで右翼・左翼といったイデオロギーも対立構造を深めてしまうのは事実である。まして、宗教的性格も兼ね合わせて持っている。事は複雑なのだ。国家神道の主宰者としてのイメージを払拭することなど不可能である。戦前は天皇家が国家神道を財政面で支えていたし、現在も内廷費から明治神宮や伊勢神宮に幣帛料(神社に奉納する金銭)を納めているのだ。また大嘗祭は公費である宮廷費からの支出である。それらの行事に元々は国民の税金であるお金が拠出されるのはいまいち釈然としない。
天皇家も自らの窮屈さを自認するとおり、皇室典範を含めた制度的議論が国会でも積極的になされるべきではないかと感ずる。国会議員がそういったことに無知であることも問題ではある。とにかく国民の税金で天皇家を運営していることを忘れてはならない。宮内庁病院などは患者よりも職員の数の方が多いという。無駄である。皇宮警察などは天皇家の行事の数から考えても予算が大きすぎる。もっと効率化を図れるはずだ。
第2次大戦後60年が過ぎた。日本のエンペラーの存在は世界に周知されている。これはこれで国家的・外交的役割を即座には否定できない。戦後天皇制維持に奔走した日本の首脳部が、時の流れと共に勝ち取ったシステムであるといえよう。天皇家が外遊に出たところで諸外国から戦争責任を問われることなどほとんどないのである。全くうまく作ったものだと感心してしまうところだ。日独伊の同盟国で最高首脳が戦後も生き残ったのは日本だけである。
いずれにしても、漸くクリアになってきた「天皇家の財布」。その財布にお金を入れている国民も、天皇の存在意義を含めた形での議論を拡大していくことが、天皇家にとっても国民にとっても重要なのではないかと思われる。
| 本ココ! | 12:59 | comments(0) | trackbacks(1)
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